気候変動の時代、「水に浮かぶ暮らし」は現実の選択肢だ

温暖化で海水面が上昇しても安全な、アムステルダム郊外に浮かぶ水上住宅。マルクス・シュミット(52)とイヴォンヌ・ファン・サルク(49)、2人の子どもが3月から暮らし始める=川上真氏撮影
温暖化で海水面が上昇しても安全な、アムステルダム郊外に浮かぶ水上住宅。マルクス・シュミット(52)とイヴォンヌ・ファン・サルク(49)、2人の子どもが3月から暮らし始める=川上真氏撮影
「二酸化炭素の排出を極限まで抑えた新しい共同体を、水の上に作ろう」。そんな試みが今、アムステルダム市郊外の運河で、市民たちの手によって自発的に進められている。プロジェクトの名称は「スクーンシップ(クリーンな船)」。

水上に浮かぶ住宅30棟を同じ場所に設置して、46世帯105人の住民が、「水の上でのご近所づきあい」を目指すという斬新な試み。すでに現場には住宅5棟が設置されており、3月からは一部の人々が実際に暮らし始める。2020年に完成の予定だ。

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アムステルダムで建設が進む「スクーンシップ」。「ヨーロッパで最も持続性の高い浮かぶ街」という触れ込みだ=川上真氏撮影
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アムステルダムで建設が進む「スクーンシップ」。「ヨーロッパで最も持続性の高い浮かぶ街」という触れ込みだ=川上真氏撮影

「この計画を思いついた時には、他の人たちが本気で取り合ってくれるかとても不安だった。だけど、実際には。話を持ちかけると誰もが『私もやりたい』と、目を輝かせて聞いてくれた。みんな自分の生活を変えたがっていたのね」。

計画の発起人となった映像監督マリアン・デ・ブロックはそう話す。10年前、オランダで水上にボートを浮かべて暮らす人々のテレビ番組を製作したことがきっかけとなり、仲間を募り、話し合いを重ね、自治体を説得するという粘り強い取り組みを続けてきた。

「スクーンシップ」のテーマは「隣人と共に築く持続可能性のある生活」だ。

エネルギー源として、運河の水と大気との温度差を利用してエネルギーを得る「ヒートポンプ」や太陽光発電を最大限活用し、二酸化炭素の排出につながる都市ガス(天然ガス)は一切使用しない。ITによって電力供給を制御する「スマートグリッド」で各住宅を結びつけ、電力を融通し合うことによって、自然エネルギーの弱点である供給の不安定さの克服を目指す。何よりも水上に浮かぶ生活であるため、地球温暖化で海水面が上昇しても影響を受けない。

水上住宅の建設や太陽電池などの設置にかかる費用は、一戸あたり30万~80万ユーロに達する上に、参加を希望する人々は、計画の詳細を話し合うために多くの時間を割くことを求められる。入居希望者は引きも切らず、キャンセル待ちの人も多い。

ブロックと共に計画に携わってきた建築家のマヨラン・スメイラ(38)はこう話す。「息子たちの未来のためにも、環境に負荷をかけない生活をしたいのだけど、現代文明の快適さも手放したくない。ここならそれが可能になるし、水上バスを使えばアムステルダムの中心までわずか10分。水の上なら、過密な都市の中でも『新しい村作り』ができる」。

すでに現場に浮かべられた住宅の一つでは、団体職員のイヴォンヌ・ファン・サルク(49)と環境NGOに勤めるマルクス・シュミット(52)のカップル、そして十代の2人の息子たちが壁塗りの作業を進めていた。

専門の職人たちの助けを借りつつも、可能な限り自分たちの手でマイホームを仕上げたいのだという。サルクは「考え方が同じ人々と隣人同士になり、共に新しい生活を築き上げていくのはとても野心的。そこに心を動かされた」と話す。息子たちは夏になって、住居の屋上からそのまま運河に飛び込むことを何よりも楽しみにしているという。

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アムステルダムで建設が進む「スクーンシップ」。マルクス・シュミット(左から2人目)、イヴォンヌ・ファン・サルク(左から3人目)と2人の息子たちは、後方に写る自らの家の壁塗り作業をしていた。「ヨーロッパで最も持続性の高い浮かぶ街」という触れ込みだ=川上真氏撮影

■都市の行き詰まりを打開する

「水上生活」のより積極的なビジネス化を目指すのが、オランダのハーグ近郊で設計事務所「ウォータースタジオ」を主宰するコーエン・オルトゥイス(47)だ。

同社はこれまでに、スクーンシップの住居を含め約250の水上住宅をデザインしてきたが、オルトゥスの野心は壮大だ。「大都市の大半は沿岸部のデルタ地帯にあり、海水面上昇の危機にさらされている上に、過密化が進んでいる。その行き詰まりを打開するのが、都市の沿岸部にまるごと新しい区画を浮かべることであり、それは既存の技術で十分可能だ」と主張する。

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水上構築物の大規模ビジネス展開を狙う建築家のコーエン・オルトゥイス

オルトウィスは、自らが創立・出資するディベロッパー「ダッチドックランズ」と共に、モルディブや米国・マイアミで人工島などの水上構築物をつくろうとしてきた。政府や自治体の規制の壁に阻まれることも多かったが、風向きが変わってきたという。「海水面の上昇が続けば、行政も海上構築物のルール作りに、重い腰を上げざるを得なくなる」とみる。

現在、ウォータースタジオ社は、欧州の16の企業と共に欧州共同体(EU)の資金援助を受けて、大規模な人工島を海上につくるために必要なノウハウの蓄積を目指す「space@sea(海の空間)」というプロジェクトに参加している。計画は、北海の海上に浮かぶ都市をつくることを想定しているという。

■「地産地消」の新たな形

水の上で生産する動きも始まっている。ロッテルダム港の水上では近く、世界初の「水上農園」が開業する。40頭の牛を飼って1日800リットルの牛乳を作り、ミルクやヨーグルトとして販売する。

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ロッテルダムの港に浮かぶ水上農園

開発・運営にあたる企業「ベラドン」の社長、ペーター・フォン・ヴィンガーデン(58)が目指すのは、新たな形の「都会での地産地消」。海水面の上昇で農地の確保が難しくなることを見越し「水上なら過密な都市の中でも農業ができる」と考えた。

「生産する過程を直接見ることができて消費者は安心できるし、遠くから食べ物を運ぶことで空気を汚染することもない」。ニワトリや野菜を育てる第二弾、第三弾もオープンさせる予定だ。

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ロッテルダムの水上農園を企画・運営するベラドン社・社長のペーター・ファン・ヴィンガーデン

 

2019年3月13日 カテゴリー: 未分類

 


 

 

 

 

 

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