行政庁舎、災害対応の司令塔(震災 あの日から未来へ)

宮城県女川町の仮設庁舎は2018年9月下旬、ようやく小学校から「卒業」できる予定だ。

6年半前の東日本大震災で、JR女川駅の近くにあった庁舎は津波に襲われて全壊した。がれきを片付けながら庁舎を再建する場所を探したが、運動公園などの広い場所は自衛隊のヘリポートや災害公営住宅の用地となり、余裕がなかった。

最後に残ったのが小学校の駐車場で、ここに仮設庁舎を建てて業務を再開した。管財営繕課の鈴木浩徳課長は「執務スペースが足りず、小学校に間借りした時期もあった」と苦労を振り返る。

女川町に襲来した津波は最大で18メートルとされる。これを踏まえ、新庁舎は20メートルの高台に建設する。さらに災害対策室は2階に設け、少しでも高い場所で幹部が指揮を執れるように設計した。停電しても3日間は電気を供給できる自家発電機を備えるほか、太陽光発電の設備も配置する計画。広いホールを設ける理由は町のイベントに使う用途に加え、災害時に各地から集まる救援物資を効率よく保管する狙いもある。

宮城県や岩手県の沿岸自治体は庁舎を再建する際に津波被害の軽減を重視しているが、女川町は「原子力災害への備えも念頭に置いている」(鈴木課長)。東北電力の女川原子力発電所の地元自治体としての覚悟だ。

災害対策室の気圧を室外よりも高くすることで外気の侵入を防ぎ、ドアも二重扉を採用する。女川原発の再稼働にはまだ時間がかかる見通しだが、将来を見据えて新庁舎では万一の事態にも事前に備えておく。

庁舎が津波で浸水しなかった場合でも、地震自体の破壊力は大きい。福島県相馬市の加藤一男・財政課長は6年半前、旧庁舎の1階で震度6弱の揺れを経験した。1976年に建てた庁舎は耐震補強をしても十分な強度を保つのが難しく、新庁舎の建設に動いた。

16年10月に完成した新庁舎は中村城の城下町としての歴史を意識した街づくりの一環として、武家屋敷のようなデザインを採用した。実はこのデザインにも災害対応の工夫が隠れている。

「和風建築のような4階の屋根裏は防災倉庫となっており、食料や飲料水、毛布などを備蓄している」(加藤課長)。さらに和風建築に似せることで建物全体の設計は簡素で廊下が広くなり、災害時には市民が廊下で一時的に避難することもできるようになった。観光振興と防災の両立だ。

庁舎の再建は時間との闘いとなる。国が交付金などで被災自治体を支援する期限は「復興・創生期間」が終わる20年度末で、それまでには建設を完了する必要がある。

岩手県陸前高田市では、どこに新庁舎を建てるかの議論が難航した。高台で再建するのか、津波で浸水した高田小学校の敷地を使うか。曲折を経て高田小の敷地を基本方針案として進めているが、決断の背景には20年度末という時間的な制約もある。戸羽太市長は「これから市民の意見を聞き、来年の年明けから2月ぐらいには案をまとめたい」と語る。

庁舎の建設に多額の税金を投じることは住民の理解を得にくいが、庁舎が機能を停止すれば災害対応の初動が遅れ、結果的に復興も遅れる。これは東日本大震災や熊本地震で証明済みだ。これから庁舎を再建する自治体は住民が納得できるように説明責任を果たしながら、災害対応の司令塔を建て直す必要がある。

 

2017年9月13日 カテゴリー: 未分類

 


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