温暖化「パリ協定」の課題 「吸収」依存のシナリオ限界

 2015年12月のパリでの国連気候変動枠組み条約締約国会議で、地球温暖化防止の新たな枠組み「パリ協定」が採択された。工業化以降の世界全体の平均気温の上昇をセ氏2度を十分下回る水準にとどめること(2度目標)や、21世紀後半に人為的な温暖化ガスの排出と森林などの吸収(マイナス排出)を均衡させて「正味の排出量」をゼロにすることが合意された。

すべての国・地域は温暖化ガス削減の自主目標(プレッジ)を作成し、5年ごとの見直しを義務付けられた。また世界全体で5年ごとに進捗状況を検証することになった。各国・地域はこれに従って主に30年に向けたプレッジを条約事務局に提出した。

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 ところがその内容は様々で、特に新興国や途上国などのプレッジは国内総生産(GDP)当たりの排出目標(中国、インドなど)や、何も対策をしない場合に比べた削減率(メキシコ、韓国など)が大半で、さらに先進国からの各種支援を条件にしたものが多々ある。プレッジを順守した際の最終的な世界の絶対排出量は不明である。

これらのプレッジでは2度目標達成の軌道に届かないことや、さらに米国のパリ協定離脱も含めてプレッジそのものの履行の可能性に疑問があることを、多くの専門家が指摘している。こうした中で条約加盟国で取り組みを確認し合う「タラノア対話」や、23年に開催される1回目の進捗状況調査で各国・地域のプレッジの強化が協議される。ただし反発の声も予想され、実現は容易ではない。

こうした短期の状況だけでなく、長期の対策シナリオにも問題がある。我々が二酸化炭素(CO2)の排出を続ける限り、長期的な気温上昇は続く。CO2は超長期で大気中に滞留するので、CO2を追加的に排出すればそれに相当するだけ気温は上昇するからだ。この意味でCO2排出をゼロにしない限り、気温は安定しないのである。そして問題はどのようにしてゼロ排出を実現するかである。

パリ協定で合意した2度目標であるが、目標達成のための排出削減シナリオは、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が協定の採択以前にまとめている。そのほとんどのシナリオは2100年に正味の排出量がゼロ以下となっている。これを詳細に見ると、削減しきれない温暖化ガスの人為的な排出量が200億トン程度残るが、これを上回る規模のマイナス排出で相殺するとしている。

この結果、今世紀中の累計のマイナス排出量は6千億~8千億トンと、現在の世界のCO2排出量の20年分以上に相当する規模に達することになる。すなわち2度目標とは大量のマイナス排出に依存したシナリオなのである。このことは政策決定者にはほとんど知られていなかった。

マイナス排出の主力と目されているのは、バイオエネルギーを導入し、排出されるCO2を回収して地中に貯留する「BECCS」という技術である。しかし現時点では全く実用化されておらず、しかも大きな問題がある。

第1は土地の制約である。これだけの規模のBECCSのための植物を生育するには、インドの国土面積と同等、あるいはその2倍の土地が必要とされる。これは世界の耕作可能地の25~46%にもなる。第2は種の多様性や水供給への悪影響、第3は多量のCO2を貯留する場所の問題である。大規模なBECCSに依存する手法が行き詰まれば、2度目標は破綻し、長期的に気温上昇が続く。これは避けねばならない。

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 我々が提案する新たな目標は「大量のマイナス排出に依存しないCO2ゼロ排出」、つまり人為的な排出をゼロにすることである。

そもそも2度という気温目標では、国や企業、個人などの各主体がどう行動すべきかが不明確である。CO2ゼロ排出であれば全ての主体の目標は明確で、実現すれば気温は安定化する。ただし、パリ合意のような気温上昇限度や達成期限は設けない。見栄えの良い目標を目指して破綻するよりも、排出ゼロという長期目標を着実に進める方が、地道であるが温暖化対策として実効性がある。

とはいえ3年前に合意したばかりの2度目標を破棄するのは政治的に非現実的である。筆者の提案は、長期でのCO2ゼロ排出を、国を含む全ての主体の行動指針とすることである。その上で各主体で挑戦すべき削減技術を検討するのである。例として、代表的なCO2排出部門である発電、運輸、鉄鋼を対象に、排出ゼロに向けた技術と課題を検討してみた(表参照)。

発電部門では、化石燃料をほぼゼロとし、太陽光や風力を大幅に増やす必要がある。蓄電池の確保や周波数の安定などが課題である。運輸部門では、大型トラック、船舶、飛行機の対策が問題になる。これらは蓄電池が巨大になるため電化は難しく、バイオ燃料の利用がほとんど唯一の解となる。安価なセルロース系燃料を大量生産する試みは世界各地であるが、成功するかどうかは楽観できない。

かや・よういち 34年生まれ。東大工学博士。地球環境産業技術研究機構理事長

かや・よういち 34年生まれ。東大工学博士。地球環境産業技術研究機構理事長

産業部門では、CO2排出量の大きい鉄鋼が焦点になる。現在鉄の生産は高炉・転炉が中心だが、鉄鉱石の還元に石炭を使うため、必然的にCO2が発生する。脱炭素化には水素による直接還元か電気分解が必要だが、いずれも大量の電力を消費するため、この電気を再生エネなどの脱炭素にする必要がある。

こうした技術開発の検討は国際エネルギー機関(IEA)など一部を除くと、体系的に行われていなかった。こうしたアプローチを重ねていくことで、部門ごとにどの時点でゼロ排出を実現できるかが見えてくる。これはボトムアップの手法を取り入れたパリ協定の趣旨に沿うものである。その上で物理的・経済的にどうしても残ってしまうCO2排出についてはマイナス排出の技術で相殺する。これが実現可能かつ実効性のある気候変動対策である。

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 最後に気候変動問題を考えるにあたって避けられない問題として、不確実性と、他の重要課題とのバランスについて触れておきたい。

やまぐち・みつつね 39年生まれ。慶大経卒。専門は環境経済学。元慶大教授

やまぐち・みつつね 39年生まれ。慶大経卒。専門は環境経済学。元慶大教授

不確実性で最大の問題は、大気中のCO2濃度と気温上昇との関係(気候感度)である。IPCCによれば、CO2濃度が2倍になった時の気温上昇の幅は1.5~4.5度と、実に3倍の開きがある。IPCCでは3度という中庸の値を用いて2度目標の達成のシナリオを描いたが、その中心は66%以上の確率で目標を達成するというものである。つまり2度を超える確率も最大34%あるのである。これに上述の気候感度の幅を考慮すると目標達成の確率は上下に大きく振れる。2度目標達成のシナリオにはこれほど大きな不確実性がある。

また、国連の持続可能な開発目標にも示されている通り、世界には気候変動以外にも貧困や飢餓の撲滅など同時並行的に取り組むべき目標がある。また先進国では財政赤字、少子高齢化、年金・医療制度など喫緊の課題が山積している。気候変動の問題とそのほかの様々な課題に対し、有限な資源をどのように効率的に配分するかは、まさに政治家が判断すべき問題である。長期でCO2ゼロ排出を目指すという筆者の提案は、不確実性の問題や、資源の有効利用の問題のいずれとも整合性を有するものである。

 

2018年7月20日 カテゴリー: 未分類

 


 

 

 

 

 

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